やもともりブログ

 HSPママの日常  

なるべく使わないようにしている言葉

こんにちは。やもともりです。

外出先でしばしば、よそのお父さん・お母さんがお子さんに怒鳴っている姿を見かけます。

てめー、ふざけんな。いい加減にしろよ。

どんな事情があるにせよ、汚い言葉は相手を傷つけ、言った本人の品格をも落とします
せめてワンピースのチョッパーのように、可愛い声で言って欲しいです。

HSPの私は言葉にとても敏感です。何気ない一言で喜んだり深く傷ついたり、言葉の裏を読んで勝手に妄想を膨らませたりします。
そして自分が言葉を発するときにはすごく慎重になります

たった2行の返信のために20分悩むこともあります

こんな人間なので、上に挙げたような汚い言葉以外にもなるべく使わないようにしている言葉がたくさんあります。

なるべく使わないようにしている言葉

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「嫌い」

「嫌い」は負のインパクトがある言葉なので、使うときには慎重になります。

そのため嫌いだと思っている場合でも、表に出すときには大抵「苦手」という言葉に変換します。人に関しても、モノに関してもです。

「苦手」とか「好きではない」といった曖昧な表現にすれば、今後得意になる可能性を残しているように感じます。

「やばい」

「やばい」という言葉は響きが好きではないので使いません。それに、何でもかんでも「やばい」の一言で片づけていては表現の幅が狭まってしまいます

そのため娘が会話の中で「やばい」を使った場合、否定はしませんが「別の言葉で言うなら?」と質問するようにしています。

「やばい」以外にも、「まじで」や「うけるんだけど」などの言葉は苦手です。

こんな風に語っている私ですが、実は寝言で「やばい」を使いまくっていたらどうしようと心配になります

「~してあげる」

「~してあげる」は、やわらかい印象と、恩着せがましい印象を合わせ持つ言葉です。

子ども対しては、「連れて行ってあげるね」などとつい使ってしまうのですが、誰に対しても使い過ぎないように気を付けています。

また、「~させる」という言い方も上から目線な感じがするので、なるべく使いません。「~してもらう」に変換することが多いです。
例:「読書させる」→「読書してもらう」

「楽しんできてね」、「~だしね」

「楽しんできてね」はよく使う言葉ですが、手紙やLINEで送ると「死んできてね」に見えてしまいます。

そのため「楽しめますように」、「満喫してきてね」と送るようにしています。「エンジョイしてきてね」でも良いですね。

「~だしね」も「楽しんできてね」と同様、自分からは送りたくない言葉です。「~だものね」や「~だからね」と送るようにしています。「〜だしネ」は昭和感が漂うので却下。

ちなみに下ネタで恐縮ですが、「うん。ちょっと確認してみるね。」なども気になります。「うん。」の後に続く言葉には敏感です。

言いたいことが伝わらない言葉

「それってどういう意味?」と聞き返される言葉は使わないようにしています。聞き手や読み手に必要以上の負担を与えてしまう からです。

例:やぶさかではない(喜んで~する) ハレーション(悪影響)

補 足

なお、子どもたちには新しい言葉にどんどん触れてもらいたいので、子どもと話す時はあえて難しい言葉を使って話すこともあります。

また、日本人の多くが誤用している言葉も、誤解が怖いのであまり使いません

例:気の置けない人(気を使わなくてもいい相手) さわりの部分(要点となる部分)

日本人の過半数が誤用している言葉は、誤用というより進化です。大人から誤用の言葉を浴びている子どもたちに対し、「誤用しないように」と教育するのは無理があります。

最近では、誤用とされていた使い方が正式なものとして辞書に追加されることも増えてきました。とは言え、紛らわしい言葉や誤用とツッコミが入りそうな言葉は使用を控えたいものです。

「~という使い方もされる」と辞書にどんどん載せていけば、訂正する必要も訂正される必要も無くなり、寛容な世の中になるのになぁと思います

他にも、言いたいことが伝わらない言葉はたくさんあります。

オシャレ感を出したいのか、次々と生み出されるファッション用語

カットソーという広い意味の表記は要らないから、「半袖Tシャツ」とか「タンクトップ」などと具体的に表記して欲しい

また、スイーツに付けられた名前も、イメージや響きの都合であえてカタカナ用語にするのでしょうが、材料や味が想像できないときがあります。

ポムジュレのポムが分からずスマホで調べたら、ただのリンゴゼリーでした

最後に

私が使わないようにしている言葉をいくつかご紹介しました。

気にし過ぎだと思う方もいるでしょう。私自身、こんなに細かいことで悩む時間は無駄だと感じるときがあります。

慎重になり過ぎず、かといって軽率にもなり過ぎないよう、適度に言葉を選んでいきたいです。

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