
こんにちは。やもともりです。
私は学生時代、歴史の勉強が好きでした。語呂合わせが好きだったので、「1853年(いやでござんす)、ペリーの来航」などと言いながらたくさん覚えたものです。
小学校では6年生から日本の歴史を学び始めます。小6の娘は、歴史の勉強にこんな印象を持っていました。
娘
覚えることが多くて大変そう。
確かに、歴史の勉強は覚えることが多いですよね。他にも以下の理由で、歴史が苦手な人がいます。
- 聞き慣れない言葉が多く、イメージしづらくて流れもつかみにくい
- 歴史漫画は飛鳥時代あたりから登場人物が増えて、読むのがしんどくなる
- せっかく用語を覚えても、日常生活では使わないので忘れるのも早い
娘は細かい用語を覚えることだけに集中し、歴史の大まかな流れには意識が向いていないようでした。
そこで、娘に提案しました。
やもともり
まず歴史の大まかな流れをおさえて、そのあと細かいことを暗記するのはどうかな?
この記事は、日本史の暗記の前におさえておきたい流れと、効率的な暗記方法についてまとめたものです。娘も気に入ってくれた内容です♪
楽しいと感じてもらえるよう工夫して書いたので、これから日本史を学び始める子や、暗記が苦手な方にとって、少しでも参考になると幸いです。
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細かく暗記する前におさえておきたい日本史の流れ

歴史の学習では、用語をただ丸暗記するのではなく、「大まかな流れ」をつかむことが大切です。
人名や用語などの細かいことを覚える前に、まずは以下の2つから始めます。
- 「時代区分(縄文、弥生など)」を歌で覚える
- 「大まかな流れ(各時代に何が起きて、それが何につながっていったのか)」をつかむ
やもともり
歴史の大まかな流れをつかんでおけば、その後の学習で「自分は今どのあたりを学んでいるのか」が分かりやすくなります。
①時代区分を歌で覚える
時代区分については、以下の16個を歌って覚えちゃいましょう。
縄文、弥生、古墳、飛鳥、奈良
平安、鎌倉、室町
戦国、安土桃山、江戸
明治、大正、昭和、平成、令和
②各時代の大まかな内容や流れを覚える
ここでは、日本の歴史の大まかな流れを書きます。
小学6年生が読んでもすんなり理解できるように、できるだけ簡単な言葉を使いました。楽しく読めて記憶にも残ればいいなと思い、少し大げさな表現も使っています。
やもともり
【土地は誰のものだったか】、【誰が権力を持っていたか】については、特に大切。しっかりおさえましょう。
🏹縄文時代

むかしむかしの縄文時代。人々は狩りをしたり木の実を集めたりしながら暮らしていました🌰。集めてきた食べものは、土で作った器、「土器」で料理しました🔥。
食べものがよくとれる場所には住居がたくさん集まり、やがて「ムラ」ができていきました。
人々の悩みは、寒い時期になかなか食べものがとれないこと😞。飢え死にしないかドッキドキ。そんな縄文時代でした。
🌾弥生時代

飢え死にの心配は、弥生時代になると減りました。外国からお米作りが伝わったからです🌾。お米は長く保存できるので、たくさん作っておけば冬でも安心😊。ムラの人々は協力してお米を作りました。
ただ残念なことに、お米をめぐってムラ同士が争うこともありました。ムラとムラが戦ったりくっついたりして「クニ」になり、クニとクニの間でも争ったのです⚔️。
そんな弥生時代の終わり頃、謎に包まれた女性が登場します👸。
「私は女王、卑弥呼様よ!クニグニが争って乱れてるわね。私の特技のおまじないで、まとめてみせるわっ!🔮」
卑弥呼のことは、よく分かっていません。まだ日本では文字が使われておらず、記録が残っていないのです。
👑古墳時代

弥生時代の次の時代を、古墳時代といいます。古墳時代のこともよく分かっていませんが、この頃につくられた「古墳」というお墓なら、今でも日本に残っています。こうふんしちゃうくらい大きなお墓が、たくさんつくられました。
特に奈良県やその周辺には、大きな古墳がたくさん残っています🦌。奈良県は昔、「大和」と呼ばれており、大和には強い力を持つ一族、豪族がたくさんいたのです。大和の豪族たちが集まって政治をおこなっていました👥👥。この政治勢力のことを、「大和政権」と言います。
※政治というのは、みんなが安心して暮らせるようにルールを作ったり、問題を解決したりすることです。
大和政権のリーダーは「大王」と呼ばれ、のちの時代に「天皇」と呼ばれるようになります👑。
🕊️飛鳥時代

天皇は大和で大きな力を持っていましたが、大和以外の地域にも強い力を持つ豪族がゴロゴロいました。権力がバラバラと分散していては争いが絶えません。そこで、天皇のおいっこの聖徳太子がこう言いました。
「天皇の命令には必ず従いましょう。天皇は特別な存在なのです。天皇を中心として、ビシッとまとまった国家をつくりましょう。つまり、中央集権の国家を目指すのです!」
さらに聖徳太子は「仏教」の考えを人々に広めようとしました。仏教とは「人に優しくしようね」などの教えのことです。
聖徳太子が亡くなった後、蘇我入鹿という豪族が天皇よりもえらそうにしていました🐬。そんな入鹿を、
「邪魔くさい虫けらめ!😠」
と思っていたのが、中大兄皇子です。天皇中心の中央集権国家をつくりたかった中大兄皇子は、入鹿をやっつけてこう言いました🗡️
「645年、虫殺し!さあ、大化の改新だ!」
そして、人々に大きな発表をしたのです。
天皇からのお言葉
これからは土地と人々を国家のものにする!☝️
つまり、国家のトップである天皇のものってことだ。
全国のエリアを細かく区切る!🗾
各エリアがちゃんと国家の命令に従うように、管理人を置くぞ。
国民を管理するために、戸籍を作る!📝
庶民たちよ、田んぼを貸すから米を作れ。作った米の一部は、税として国家におさめろよ。
豪族たちは、それまで支配していた土地や人々を取り上げられ、役人として国家に雇われることになりました😞。役人はランク付けされ、特に高いランクを与えられた人々は「貴族」と呼ばれました🌸。貴族はずるいくらい特別な存在でした。なぜなら、給料は高い&税は払わなくていい&自分のランクを子どもにも引き継げたからです✌️。
🦌奈良時代

聖徳太子や中大兄皇子が目指した「天皇中心の中央集権国家」は、奈良時代にようやく完成しました。ある女性の天皇は言いました👸。
「私、新しい場所に住みたいっ!そこをすてきな都市にして、天皇すごいって思われたいの!」
天皇の住むエリアは「都」と呼ばれました。都は、今でいう東京都のような首都のことで、国の中心となる場所です。
「どう?私がつくった都、大きくてすてきでしょ?710年、なんとすてきな平城京って覚えてね。」
ただ、奈良時代にはなんとも悲しいこともありました。感染症や地震でたくさんの人が亡くなったのです。その頃の天皇は、仏教大好き聖武天皇。仏教に頼りまくって国を何とかしようとしました🤴。
「仏様、どうか安全で平和な国にしてください。」
聖武天皇はめちゃくちゃ巨大な大仏をつくり、全国にお寺を建てました。不安定な政治が続く中、貴族だけでなくお寺の力も強くなっていきました。
🌸平安時代

お寺の力が強くなってきて、お寺のお坊さんが政治に口を出すこともありました。そのころの天皇はこう言いました🤴。
「都を、お寺の多い奈良から別の場所に移そう!そうだ!京都に行こう!」
都が京都に移されました。京の都の名前は平安京。794年、「鳴くよウグイス平安京」です。
平安時代に一番調子にのっていたのが、「藤原氏」という貴族です。藤原一族は天皇の力を利用して、優雅に楽しく暮らしました🌸。
やりたい放題の藤原氏をウザいと思った天皇はこう言いました🤴。
「僕は天皇を引退した後も政治に関わりまーす!藤原君はおだまりくださーい✋」
藤原氏の力を弱める作戦は成功しましたが、天皇たちには困ったことがありました。
「土地は国のもの、のはずが...、いつの間にか貴族やお寺の土地がめっちゃ増えてるやん💦」
貴族たちの土地が増えた原因は、奈良時代の途中に出された追加ルールです。人口が増えて国民に貸す田んぼが足りなくなった国家は、『自分で一から作った田んぼは、ずっと自分のものにしていいよ。税は払ってもらうがね。』という追加ルールを出しました。すると、田んぼを新たに作る人が増えました。特に、貴族たちはどんどん田んぼを作ろうとしました。なぜかというと、昔は貴族やお寺や神社が持つ土地は「税を払わず自由に使っていい」というスペシャルな決まりがあったからです🍀️。
貴族の土地が増えて税が集まらなくなると、国家は貧乏になり、力が弱まりました🤴💦。全国の土地で暴れる者が現れても、止めに行くことが難しくなってきました。
そこで天皇たちは、武器を持って戦うガードマン、「武士」に頼ることにしました🗡️。
「武士たち、お願いっ!暴れる奴らをやっつけて!そのかわり、お前たちには土地とか色々あげるから!」
武士は大活躍🗡。天皇にも認められ、どんどん存在感を増していきます。そしてなんと、次の時代では、天皇ではなく武士が国家の政治を始めるようになるのです。
🗡️鎌倉時代

武士の一人、源頼朝が、
「いい箱作ろう!鎌倉幕府!」
と言って1185年に鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)で政治を始めました。鎌倉時代の始まりです🗡️。
天皇が中心の政治組織を「朝廷」と言いますが、武士が中心の政治組織のことは「幕府」と言います。
国家の土地や、貴族たちの土地にも武士が置かれ、武士がだんだんその土地を支配するようになりました。
武士による政治なんて許せないと思った天皇は、鎌倉幕府を滅ぼすために足利氏たちの力を借ります。足利氏はこう言いました🦶。
「私も武士なんですがねぇ...。まあ、鎌倉幕府のやり方には不満があるので、協力しましょう!」
足利氏たちが鎌倉幕府を滅ぼしましたが、今度は天皇と足利氏がケンカを始めました。足利氏は怒ってこう言いました🦶💢。
「じゃあ、あんたじゃなくて別の人を天皇にしちゃうもんねー!😤」
二人の天皇が同時に存在するという異常事態になりました🤴🦶 VS 🤴。
🦶室町時代

天皇が二人もいるという異常事態が続く中、足利氏が京都で室町幕府を開きました。足利氏は地方の武士たちをうまくまとめられなかったので、地方で警察をさせている「守護👮」たちにこう頼みました🦶。
「そちらの地域のことはお前らの自由にしていいから、地域の平和を守ってくれ!」
守護たちはしめしめと思いました👮。
「よーし!じゃあこの地域の武士たちは俺の家来にしてしまおう。土地も俺のものにしたいなー✨」
そして守護たちは、その土地の支配者になっていきます。
守護たちの協力もあり、室町幕府の政治は安定しました。また、天皇が二人いるという異常事態も終わりました。しかし、政治に興味がない人が将軍になってから、幕府の力は弱まっていきました🦶💦。そしてこのあと、室町幕府の力がほぼゼロになる大きな出来事が起こります...。
🏯戦国時代(※室町時代の後半)

あるとき、室町幕府の足利一族の中で、誰が次の将軍になるかについて大きくもめました。さらに、他の一族の中でももめごとが起き、関係する人たちが敵と味方に分かれて激しく戦いました⚔️。京都のほとんどが焼け野原になるほどの大きな戦いは、11年間も続きました🔥。この戦いを「応仁の乱」と言います。1467年、人の世むなしい応仁の乱です。室町幕府の力はほとんど残っていませんでした。
幕府🦶も朝廷🤴も影響力がなくなり、日本はまるでたくさんの小国に分裂したような状態になりました。「大名(※広い土地を持っていた武士🗡)」は、それぞれ自分のお城をつくり、自分たち独自のやり方で政治をおこないました🏯。強くて豊かでにぎやかな町をつくろうと、物を作ったり売ったりしました。
大名同士は土地をめぐって激しいバトルを始めます🗾🔥。
「身分は関係ねぇ!力があるものが天下を取る!」
そんな時代でした。室町幕府は最終的に、織田信長によって滅亡しました。応仁の乱から室町幕府滅亡までを、戦国時代と呼びます。
🍑安土桃山時代

室町幕府が滅びたあとは、織田信長と豊臣秀吉が活躍しました。この時代を、安土桃山時代といいます。信長は部下に殺されてしまい、信長の意志を継いだ秀吉がとうとう天下統一を成し遂げました🚩。
秀吉は土地と農民を正確に管理し直すことにしました。土地は誰のものかがややこしい状態だったので、田んぼや畑は全て国家のもの、つまり秀吉のものとしました。そして面積や収穫量をしっかりチェックし、そこを耕す農民をはっきりと決め、その農民にどれくらい税をおさめさせるかを決めました🌾📝。
秀吉は調子にのって、
「今度は世界をオレのものにするぞ!」
と海外に戦いに行こうとして大失敗します。その後、秀吉は病気で亡くなりました。
👘江戸時代

豊臣秀吉の死後、豊臣家を滅ぼした徳川家康が、江戸(現在の東京)に江戸幕府を開きました。1603年、「ヒーローおっさん、江戸幕府」です。
江戸幕府は、幕府に逆らう人が出ないような工夫をたくさんおこないました。秀吉のものだった土地はすべて江戸幕府のものとし、田んぼや畑を農民に耕させて税を取りました。また、幕府の考えと合わないキリスト教が日本で広まることを心配し、外国との交流を厳しく制限しました。これを、「鎖国」といいます🔒。(※ただし例外として、オランダと中国とは交流しました。)
大きな戦争は起こらず平和が長く続いていましたが、突然、アメリカのペリーさんが黒船に乗って日本にやってきました⚓️。
「鎖国なんてやめて、開国しなさーい!😠💣」
ペリーは幕府をおどしました。
幕府は悩んだ結果、翌年、ついに開国してしまいました。アメリカにとって都合のいい約束を結ばされてしまい、日本の人々の生活はとても苦しくなりました。
幕府の力は弱まり、幕府に不満を持つ人々が増えました。そして、幕府を倒そうとするグループが、幕府の味方をするグループと争いを始めました。
「外国の新しいやり方を取り入れて、外国に負けない強い日本をつくっていこう!幕府を倒して、天皇中心の中央集権国家をつくるぞ!」
結局、江戸幕府は政権を朝廷に返し、その後、滅びました。
🚂明治時代

明治時代は、日本がヨーロッパやアメリカの文化をたくさん取り入れてガラリと変わった時代です👔🥩。「朝廷」という存在はなくなり、新しく「政府」が作られて政治をおこないました。
※政府の中でも特にリーダーシップを持ったメンバーたちのことを、「内閣」といいます。
明治政府は外国のやり方を参考にして、近代化を目指しました。近代化とは、古いやり方を新しいやり方に変えていくことです。強くて豊かな日本をつくるため、ルールをたくさん新しくしました✨。
江戸幕府や武士が持っていた土地は国家が取り上げました。田んぼや畑は実際にそこを耕していた農民たちの土地にして、農民から税を取りました。土地は自由に売ったり買ったりできるようになりました。江戸時代に武士だった人たちの多くは、仕事もプライドも地位も失い、明治政府のやり方に不満を持ちました🗡️😠
そんななか、国民が自由に政治に参加できるよう求める「自由民権運動」が広まりました。家柄がいい人や地位が高い人が勝手に進める政治に反発したのです。そして初めて選挙がおこなわれ、選挙で選ばれた代表者が議員となり、国会(国の会議)で話し合うようになりました🏛️。
江戸幕府が外国との間で結んでしまった不平等な約束は、明治時代に改めることができました✌️また、明治時代には、外国で活躍する日本人も現れました。
🌏大正時代

大正時代には、人類最初の世界規模の戦争、「第一次世界大戦」がありました💥。
📺昭和時代

昭和の時代には、「第二次世界大戦」がありました💥。日本はアメリカに原爆という超強力な爆弾を落とされて、戦争に負けました。そして、色々なことがアメリカ流のやり方に変えられました。アメリカは、日本人を上手く育てて利用していこうと考えました。
その後、日本人は必死に努力し、日本は急速なスピードで復興と発展をしました🗼。
昭和の時代の終わりごろ、銀行が、
「みんなにお金をたくさん貸してあげるね♪」
と言い出しました。お金を使う人を増やして、日本をもっと元気にするためです。すると、銀行からお金を借りて土地などを買いまくる人が増え、土地などの値段はどんどん上がっていきました。まるで、中身のないバブル(泡)がふくらむように、異常なほど値段は上がっていきました。日本中でたくさんお金が使われるようになり、日本は元気いっぱい。特に、土地などをたくさん買った人は、どんどんもうかってウハウハ状態でした。⤴️。
🌐平成時代

昭和時代の終わりにふくらんだバブルは、平成になって間もなくパチンパチンと消えていきます。異常に上がり過ぎた値段をおさえるため、銀行が、
「みんなごめん、いったん落ち着こ💦!もうあんまりお金を貸さないようにするねー!」
と言ったのです。すると人々は、土地などをあまり買えなくなり、値段はどんどん下がっていきました⤵️。銀行から借りたお金を返せない人もいました。日本は元気のない時期に入ってしまったのです。
そんななかでも、新しい道具やサービスはたくさん生まれ、人々の生活は便利になりました。例えば、パソコンや携帯電話を使う人が増えました。インターネットのおかげで、世界中の情報が簡単に手に入るようになったのです🌐。スマートフォンを持つ人も増えました📱。
🤖令和時代

新型コロナウイルスが世界中に広がり、大パニックがおこりました🦠。コロナは私たちの生活を大きく変え、インターネットを使ったオンライン授業やリモートワークが増えました🏠。
また、おどろくほど進化したAI(人工知能)が、私たちの暮らしをたくさん助けてくれるようになりました🤖。
令和の日本の大きな悩みは、少子高齢化(子どもが少なくお年寄りが多いこと)です。人口が減っても暮らしていける社会にするため、仕組みを変えていく必要があります。地球温暖化や異常気象も大きな問題です。これからは、今まで以上に世界の人々と知恵を出し合い、協力して生きていくことが大切なのです🤝。

細かい用語は工夫して暗記!楽しくて効率的な暗記方法

大まかな流れをつかんだら、細かいことをたくさん暗記していきます。
目を使って「黙読する」だけでなく、口や耳や手も使って覚えると記憶に残りやすいと言われています。声に出す、聴く、書く、図やイラストにするなど、色々なやり方がありますね。
やもともり
脳に「これは重要な情報なんだ」と思わせることがポイントです。
なるべく楽しく効率的に覚えるためには、以下の工夫も試してみてください。
語呂合わせやダジャレで覚える
歴史の年号を覚えるときは、語呂合わせやダジャレで覚えるのがおすすめ。ネットで「〇〇 覚え方」と探すと、以下のような覚え方がたくさん紹介されています。見つからなければ自分で作っちゃいましょう♪
■ 1167年 平清盛が太政大臣に任命された
→ いい胸毛!平清盛、太政大臣
■ 1221年 承久の乱 後鳥羽上皇が起こした
→ 人に不意打ち、ジョークの言葉10個!
■ 二度にわたる元寇を退けたのは北条時宗
→ 現行犯、逮捕できたとき、胸がすく
頭文字をつなげて覚える
複数のことをまとめて覚えるときは、頭文字をつなげるという方法もありますね。
鎌倉時代の6つの仏教:法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、一遍(時宗)、日蓮(日蓮宗)、栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)
→法事で、紳士が、一時間遅刻、日々、エイリアンと、同窓会
娘
意味不明な文でも、呪文のようにひたすら唱えればだんだん覚えられます。
ストーリーを作って覚える
いくつかの情報をつなげて整理したいときは、ストーリーにするのがおすすめです。その方が、一つ一つをバラバラに覚えるよりも記憶に残りやすいからです。
例えば「鎌倉時代の6つの仏教」をストーリーで覚えると、こんな風になります。
ここは鎌倉高校3年6組の教室。なんだか暗い雰囲気です。なぜなら、『先生も生徒もみんなアホになる時期がくるらしい。このままだと、どれだけ勉強しても大学には受からない...。』という謎のウワサにおびえていたからです。
法事のような雰囲気を変えたくて、クラス委員長の「法然」君は言いました。「みんな!なんかビビってるようだけど、シンプルに『南無阿弥陀仏』って唱えるだけで全部上手くいくからな!念仏を唱える生徒は大学に行けるよう、阿弥陀校長が助けてくれるってよ!」
それを聞いた、紳士のような見た目の「親鸞」君は言いました。「なるほど念仏ねぇ!まぁ、阿弥陀校長を信じていれば、全部上手くやってくれるさ!人任せで行こう!」
そこに、一時間遅刻してきたダンス部部長の「一遍」君が踊りながら教室に入ってきました。
「念仏ね、いいじゃん!踊りながら唱えらた楽しいぜ!レッツなむあみダンスだ♪」
すると、日々ケンカばかりしている「日蓮」君が、強引に割り込んできました。「ホーホケキョ!おいおい!念仏だと?ふざけんな!オレ様は題目を唱えるからな!『南無妙法蓮華経』こそ最強だ!」
みんながさわぐなか、席に座ったままの生徒が2人いました。
1人は、エイリアンのような顔の「栄西」君です。水筒のお茶を静かに飲みながら、問題集を解いていました。
もう1人は、中学の同窓会に呼ばれたことがない「道元」君です。何も考えず、ただ座っていることが大事だと思っているようで、今日も朝からずっと瞑想しています。
このように個性豊かな鎌倉高校の生徒たちは、それぞれ自分の信じる道を歩んでいったのでした。
こんな風に身近なストーリーを作ると、興味がわいて記憶にも残りやすくなります。
やもともり
自分で作れないときは、ChatGPTに頼みましょう♪
「〇〇について覚えるために、ストーリーを考えてください。小学生向けで。セリフ多めで、感情をゆさぶるように。」などとお願いしましょう。
歌で覚える
替え歌で覚えるのもおすすめです。YouTubeなどで探すと、役立つ動画がたくさんあります♪
見つからなければ、自分の好きな曲で替え歌を作っちゃいましょう。
娘
Sunoという音楽生成AIに歌詞を入力して、オリジナル曲を作るのも楽しいですよ♪
暗記したことを長く記憶するためには

せっかく覚えても、たいていのことは時間が経つにつれて忘れていきます。脳は入ってきた情報のほとんどを忘れるようにできているので、仕方のないことです。
覚えたことを長く記憶するためには、以下2つのことを積極的におこないましょう。
- 時間をあけて繰り返し覚え直す
- 覚えた後、何も見ずにアウトプットする
①時間をあけて繰り返し覚え直す
人間の記憶は時間とともに薄れていきますが、忘れかけたタイミングで復習すると記憶が強化されます。
例えば、1日後→1週間後→1か月後…といったように、徐々に復習の間隔を広げていくのが効果的。
やもともり
1回の時間は短くてもよいので、繰り返し復習することが大切です。
②覚えた後、何も見ずにアウトプットする
覚えたあとは、何も見ずに「思い出す・口に出す・書く・問題を解く」などして、積極的にアウトプットすることが大切です。
こうした行動によって、記憶はより定着しやすくなります。
さらに、誰かに詳しく説明するのも効果的です。説明することで理解が深まり、自分の弱点にも気づくことができるからです。
やもともり
人に説明するのが恥ずかしいときは、AIに聞いてもらいましょう。
疲れたら休憩しよう
どれだけ工夫をしても、暗記はやっぱり疲れますよね。疲れたら少し休憩し、ストレッチをして体をほぐしましょう。
やもともり
水分が不足すると集中力や記憶力が下がるため、こまめに水や麦茶を飲みましょう。
暗記以外の勉強(計算問題を解くなど)をして、脳のモードを切り替えることも大切です。そして何より、しっかり睡眠を取りましょう。記憶は寝ている間に整理されます。
おわりに

今回の記事では、「日本史を楽しく効率的に学ぶ方法」について書きました。
「細かいことを覚える前に、まずは流れをつかむ」という点については、日本史に限らず、何かを新しく学ぶ際にとても大切です。
やもともり
記事の中でご紹介した「効率的な暗記方法」も、色々な科目の勉強で使える方法になっています。
この記事の内容が、暗記が苦手な方にとって少しでも参考になれば幸いです。











