
こんにちは。やもともりです。
私は外出があまり好きではありません。人目を気にし過ぎて緊張するからです。
でもお散歩やお買い物はしたいので、外出時に心が楽になるよう、こっそり意識していることがあります。
それは、観察や評価をする側にまわることです。
「評価するだなんて傲慢だ」と感じるかもしれませんが、人目を気にし過ぎる私にとっては、あえて観察者・評価者になろうとするぐらいが丁度良いです。
あなたは私を見ていますが、私もあなたを見ていますよ。
こういう意識を持つことで、少し余裕が生まれて緊張が和らぎます。
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道路を歩くときは、「公安警察官」のつもりで歩く
道路を歩くときは安全第一。その上で、公安警察官になったつもりで歩きます。
やもともり
名探偵コナンの安室さん(降谷さん)のように、身分を明かさず一般人らしく街並みに溶け込みます。
他人をじろじろ見るのは失礼なので、さりげなく街の人々を見守ります。
ご近所さんを見かけたら笑顔で挨拶。返事がなくて悲しくなったら、「挨拶は防犯活動の一環。見ていますよ、とアピールできればOKだ。」と思うことにします。架空の職業と結び付けて考えることで、気持ちを切り替えやすいです。
歩いているときにルール違反をしている人を見つけてモヤモヤしたら、「今の行動、見てましたよ。」と心の中で記録します。(※警察官としての権限を持っているという設定です。相手の人間性ではなく、相手の行動を評価します。)
すれ違う誰かとたまたま目が合って気まずくなったときには、「私の正体に気づいて警戒しているのだな。」と思えば、無理矢理ですが納得できます。
店内では、「お店の社長」のつもりで買い物する
スーパーなどの店内では、「そのお店の社長」になったつもりで買い物を楽しみつつ、ときどき店内をチェックします。
店員さんは私が社長であることを知りません。店員さんには「今日もお店を守ってくれてありがとう。」と心の中で伝えます。
感じの良い店員さんがいたら、あとで特別ボーナスを出そうと思います。あまりにも感じの悪い店員さんは、給料カットしちゃうかも。
社長のつもりで店内を歩くと、混んでいても「繁盛しているな♪」とポジティブに受け止めることができます。
通路をふさいでいるお客さんや、不機嫌そうなお客さん、マナー違反のお客さんも、みんなお客様です。「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます!」と心の中でつぶやきます。走り回って危ない子を見ても、「未来のお客様だ。」と思えます。
店内を静かに歩き、前から来るお客さんとぶつかりそうなときは道を譲ります。私は普段から道を譲ることが多いですが、社長になったつもりでいると、「お客様、どうぞどうぞ。」といつも以上に気持ちよく道を譲ることができます。
レジでは店員さんに大きな声で「お願いします。」と笑顔で挨拶。社長としてお手本を示します。
観察や評価をする側にまわると心が楽になる理由
観察や評価をする側にまわると心が楽になる理由として、私は以下の2つが挙げられると思います。
- 立場が上になることで気持ちに余裕ができるから
- 役割があると気持ちに区切りがつきやすくなるから
立場が上になることで気持ちに余裕ができる
人はみな平等ですが、役割や立場には上下関係が存在しますよね。親と子。先生と生徒。上司と部下。社長と従業員など。
下の立場にいると感じると緊張や不安を感じて受け身になりがちですが、上の立場にいると思えば心に余裕が生まれます。自分が相手を評価する立場に立てばいいのです。
少し意地悪に聞こえるかもしれませんが、心の中では何を思っても自由です。態度に出さなければOK。
役割があると気持ちに区切りがつきやすくなる
私の場合、モヤモヤの原因の多くは、ルール違反者や失礼な人の存在です。そういう人を見かけて嫌な気持ちになったとき、役割や設定があればすぐに「違反を記録」「給料カット」などの処理ができるので、気持ちに区切りがつきやすくなります。
嫌な気持ちになったときは、ただ「気にしなければいいよ。忘れちゃえばいいよ。」という人もいます。
でも私は、嫌な気持ちも無視せずしっかり受け止めたうえで、「どういう風に考えれば心が和らぐか」を決める方が好きです。
処理といっても、実際には私は警察官でも社長でもないので、あくまでも想像上です。ただ、想像上だとしても結構気持ちが落ち着くものです。
たとえば推理小説や刑事ドラマのようなフィクション作品で、犯行動機に納得できると少し気持ちが落ち着きますし、犯人に相応の罰が与えられるとスッキリしますよね。
同じように現実でも、「理由」や「結末」を自分の中で用意してあげると、気持ちに区切りがつきやすくなるのだと思います。
他にもオススメの設定
公安警察官や社長以外には、例えば以下のような設定がオススメです。
- 人間についての研究者になったつもりで、人々の言動を観察して研究材料にする
- 100歳のおばあちゃんになったつもりで、人々を自分の子や孫のように見守り応援する
やもともり
私はのんびり動くことが好きなので、おばあちゃんの設定が割と気に入っています。
おわりに

人目を気にし過ぎてしまう人は、「どう観られているか。どう評価されるか。」に意識が向き過ぎるため、他人と一緒にいると緊張して余裕がなくなりがちです。
そういうときは、あえて自分が「観察や評価をする側」にまわることを強く意識すると、気持ちに余裕ができたり、気持ちの切り替えがしやすくなったりします。
やもともり
偉そうな態度にならないよう、心の中でこっそりおこないます。
心の中で一時的に設定を作ることは、自分を守るための小さな工夫です。外出や人との関わりで疲れやすい方のご参考になれば嬉しいです。











